由緒正しきエロティック

やさしくまるく たまにぎざぎざ ★ twitter→@george_46

食べられなかったドーナツの話

《弊社》には、エネルギッシュな人が多い。
《弊社》はバリバリの営業会社である。数年前あまり大きな声では言えない理由で《かつて弊社だったもの》は現在の《弊社》になった。元々《かつて弊社だったもの》、かつて入社したはずの会社は技術ギークの集まりのようなド文化系会社だったが、紆余曲折後、社風が一気にド体育会系になった。

自分だったら行けと命じられた時点で即退職するであろう過酷な研修を経てなお在職している超戦士の集まりである営業部は、同じ人類であるのが不思議に思えてくるほどのアクティブさである。気付けば《かつて弊社だったもの》出身の社員はほぼいなくなっていた。
つまりここ数年、私はずっと肩身が狭かったのである。


先日、午後三時ぐらいだったろうか。
その日は出勤日だった(出勤とリモートワークが半々の生活をしている)。パソコンに向かって作業をしていると、「城田さん」やさしい笑顔を浮かべた総務のAさんが手招きした。

「社長から差し入れです。どうぞ」
 
指差された先には、某クリスピードーナツのどデッカイ箱が置かれていた。見ていると催眠術にかかりそうなぐらい隙間なくみっちり並んだドーナツ。もちろん個包装などされていないドーナツ。
若く、力が有り余っている営業戦士たちが、
「わあ! ありがとうございます! おいしそう!」
と次々手にとっては軽々ぱくついていく。
私はというと、箱の前で立ち尽くしながら、完璧に""理解""した。


――あ、私、ここにいるべき人間じゃないんだ。


「余りそうだから、もう一つ食べてもいいですよ」
「本当ですか。やったあ!」
営業部の面々の楽しそうなやりとりが私の頭上を飛び交っていく。「ありがとうございます」グレーズがどっさりかかったドーナツは昼食でお腹いっぱいの身では到底食べられなかった。私はドーナツをそっとティッシュで包んだ。


日が代わり本日、リモートワークをしていたら、夕方ごろ小腹が空いた。買っておいたお得用のかりんとうをざらざらと皿に出し、ぽりぽりと齧る。
ちょうどいい、自然の甘さ。ちょうどよい、量。
思わずほっとした。
私はあの日、あのドーナツを食べられなかった。それはかつてうまくいかなかったいかなる仕事の失敗よりも、ハッキリとした《戦力外通告》だった。


実は、近々、《弊社》は《弊社》ではなくなる。
新しい環境が、かりんとうのような場所でありますように。
そう願うばかりである。


おわり(1000文字)